2011年12月12日月曜日

「民主」はどこから来てどこへ行くのか

  民主党は苦しんでいる。あの嵐のような熱気が去った。
   民主党が政権をとってから国民の間では期待が先行しながら、国民の期待は裏切られ、いまや失望が燎原の火のように広がりつつある。
  先の選挙の当時は、「自民党のむちゃくちゃな政治の後だから、民主党も大変だわな。」というのが国民の偽らざる感想であったと思うが、今や自民党以上に悪いという声すらある。60年間続いた自民党の「独裁」の弊害に対する嫌悪感は国民の間に行き渡っており、国民はいまさら自民党時代に帰る気はもうとうないとは思うがどう動くかは予断を許さない。一方では橋下氏のようなファッショ的な風潮が大衆の間にももてはやされるようになって来た動きもある。
  世の中にはそれでも民主党、自由民主党と「民主」という響きのいい言葉が溢れているが、我々はともすれはこの響きにだまされてしまっている部分がある。その中身と歴史を今一度振り返って見る必要がある。
 ここで「民」という字は一体どこから来たのか冷静に考えてみるのも悪くないだろう。早速「民」の字の由来について考えてみよう。
   ここでは、中国の唐漢氏に登場願うこととする。氏は彼の著作「漢字の暗号」(汉字密码)の中で、以下のように述べている。
民は奴隷を識別するために目を潰した
 民という字は左の図の通り、本来象形文字である。図の中で甲文とあるのは甲骨文字、金文とあるのは青銅器などに鋳込まれている古代文字である。この甲文、金文のいずれも上部の文様は「左目」を示している。そしてこの両者とも「目」を錐状のもので突き刺している状態を示している。それが小篆を経て現在の楷書の形「民」になったものである。 
  民の本来の意味は奴隷である。殷商の時代に統治に便利な方法として、考え出されたのが、「奴隷の左目を潰す」という残酷な方法である。戦いで他民族を征服したとき被征服者と征服者を容易に見分けられるよう、被征服者=奴隷の左目を錐で潰したのであるが、それをそのまま字にしたものがこの「民」という字である。
  当時これらの奴隷は「民」と呼ばれ、それ以外の者は「人」と呼ばれていた。後世になってこの区別はなくなり「人」と「民」が言葉の上でも統合され「人民」と呼ばれるようになったが、この「民」には「愚、頑」などの余りよくない修飾語はつけられて、「賢、偉」などのほめ言葉が修飾語につかないのはこの由来によるものである。
  この名もなき「民」が「主」となる「民主主義」という概念は本当にすごいものである。人間は奴隷から、人民になり、民主主義の社会が実現されるまで何千年もの長い血みどろの闘いが必要であった。言葉はその概念は時代とともに変化する。しかし大事なのはその変遷の歴史と現在の位置づけである。
  現代においても民主主義が真に実現されている国はまだないといっても差し支えないのではなかろうか。日本は民主主義の国とよく言われるが、貧富の差がこれほど拡大した国、官僚が平然と税金を食いつぶし大きな顔をしていられる国、「自己責任」という言葉で国民の貧困化が黙認される国、小選挙区制で民意を死票として葬り去ってしまう国、結局声の大きさと態度の大きさがものをいう国、モンスターペアレントなどのごね得がまかり通る国は果たして本当の民主主義の国といえるのだろうか。それは日本がお手本としたアメリカでも同じである。いや日本以上にひどいかもしれない。
 中国でも孫文が唱えた三民主義がある。民権、民生、民族の三つの民をとって、三民主義とした。しかしまだかなりの制約がある。言葉の響きよりも中身が問われる時代である。

  かつてマルクスは言った。「民主主義が実現された社会は民主主義が眠り込んでしまった社会である」と。 この意味はどういうことだろうか。よく考えてみたい。

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