2011年12月28日水曜日

面白漢字

漢字の中にはいろいろの漢字要素を合わせて一つの漢字となっている。
偏と旁などは漢字作成の最も基本的な方策の一つである。ある漢字とある音の要素を組み合わせて作成された漢字もある。(形声文字)
中には全く同じ要素を重ねて用いて、一つの意味を表すものもある。最もポピュラーなものに「森」や「林」がある。
  そこで、このような重ね合わせ漢字を集めてみた。

     拼音          日本語

森 Sēn          樹木が多いさま.森
鑫 Jīng         富み栄える.(人名や屋号に用いることが多い これなどは正に簡体
          字とすべきものの筆頭候補であろうが、名前に使われている為、
          簡体字にはなってない
赑 Bì             1.盛んに力を出すさま.
                      2.蟇[ひき].カメに似た伝説中の動物.石碑の土台に
磊 Lěi           石が積み重なっているさま
淼 Miǎo        〈書〉水面が広々として果てしがないさま
晶 Jīng         明るい;きらめく.水晶.結晶体.
焱 Yàn         火花;炎
矗 Chù         そびえる.まっすぐに立つ
毳 Cuì          にこ毛.柔らかい毛
姦 Jiān          (繁)ずるい.悪賢い.不忠である.
品 Pǐn          品物.物品
垚 Yao 2      (繁)高い
轟 Hong 1    (繁)大音響
蟲 Chong     (繁)虫

 これらの漢字の中には日本ではもう既に使われていないものもあり、また意味が全く異なってしまっているものもあるが、比較的直観的である為日本人には類推がつきやすいものとなっている。「こんなんのもあるんだ―」ぐらいで見て戴ければ十分である。

女の漢字シリーズ:嫁と娶

  嫁と娶のいずれの漢字も現代では結婚することを示している。同じ意味ではあるが、一方は女性が他の家にとつぐことをいい、他方は男から見た結婚即ち妻を娶ることをいう。男女の立場の違いが明確に出た漢字である。
 漢字としては「娶」の方がはるかに古く、殷商の時代には既に作られていたようである。
 唐漢氏の「漢字の暗号」によれば、「娶」という字は、大変古い字で、甲骨文字の時期は会意文字であった。甲骨文字の「の字は女の人の右上方に手が耳をつかんでいる形である。
娶は部族間の戦争で勝者が「戦利品」として
女性を略奪したことの名残り
 上古社会には部族間の戦争は頻繁にあった。双方戦いを終結する時、敵を殺した数字を数えるのに、敵の切り取った左耳の数に基づいた。よって、「取」は敵を殺し、耳を切り取ったの意味である。
 殷商時代の部族の戦士は戦争中の捕虜の女性から戦利品から我がちに奪い取り妻にした。
 小篆の「娶」の字は、「女」と「取」の発声から形声字となり、その意味もまた変化を遂げた。「説文」では娶を嫁を取ると解釈している。ここの「娶」は既に「妻を迎える、嫁を娶る」の意味である 明らかに「娶」の字に内包するものは時代につれ変化した。殷商時期は捕虜の女性を取ってくるという意味に用いられ、両周以降は嫁を取るという意味に逐次変化した。
 一方「嫁」の方は「漢字源」によれば、女性が相手の家に入るということで、女偏に家と書いてとつぐと書くようになった。こちらは氏姓制度が確立し父系制が行き渡って後の話である。 

2011年12月24日土曜日

女の漢字シリーズ 「姦」

  中国語では現在、姦は奸に包括されしまっており、「姦」の簡体字は「奸」である。
その意味は日本語では「姦しい」の方が先に頭にくるが、中国語ではどちらかと言うと「姦淫」の「姦」の使い方がポピュラーなようだ。
そこで「姦」の漢字の成り立ちに立ち戻ってみよう。
「姦」と「奸」の両字は漢字化の過程でまさに合併してひとつの字になった。姦は奸に包括され、奸の字は姦の字の簡体字となった。


甲骨文字の姦の字は三つの女と言う字が組み合わさった一つの複合字である。その意味は、彼らの間だけで、ただ互いに話するということだけだ。女子が一緒に集まって、わいわいがやがやと争うこともなく、時には自分のことを弄ぶのは、古代社会では公開の原則に逆らってしまう。だから「姦」の意味するものは一種の私的な行為・遊びである。

説文では姦は私なりと解釈している。

奸の本義は父権制社会では私的な遊びと言うことだ。後には女子が男と発生した性の関係を指すようになった。すなわち「通奸」である。 また偽善・ずるいことを指し、諸葛亮「出師表」の如く、「姦凶を払い除け、漢室を復興し、旧都に帰る」ここでの姦凶は儀義道徳を指し、密かに男盗女娼のずるい輩の事を指す。

古漢語中「姦」と「奸」の字は相通じるもので、奸淫は姦淫とも書く。但し奸臣と表示したときは「姦臣」とは書かない。ここでは「奸」の中の「干」が権力を弄ぶの意味で、姦は即ち「密かに」という意味を表す。

2011年12月21日水曜日

「龍」という字の生まれた時代的背景

「龍」と言う字が漢民族の心中に深く根ざした架空の動物神であることは前報で説明をした。それでは、字が生まれた時代的背景について少し掘り下げてみよう。

金文の「龍」
当時の生産方式の変化は漢民族の
意識の変化を生み、その変化は「龍」
という漢字を生んだ?
 この文字が生まれた時期は、まさに天に依存した飯を食べる型(つまり穀物の栽培)の農業生産方式が急速に発展する段階である。また華夏民族の諸侯国は残忍な戦争を通じて、統一していく段階に入っていた。ゆえに人間を超越したした力を持つ龍、天候を操ることができる龍神信仰が生まれたのではないだろうか。

 そして、この字は金文から発展するにつれ、次第に皇帝の権力を象徴する存在へと変化を遂げていく。
 龍の字の大篆から小篆の発展は力強く気勢のある調和の取れた美観を体現している。この種の龍の字の右半分の躯体はさらに長く変わり、湾曲する必要にいたるまでになっている。左半分の形態もさらに奇異な形状になって、字形は対象になり、一種の落ち着きとしっかりした感じさえ出ている。庶民性は少なくなり、次第に皇帝の権力、帝王の専用のシンボルに変化していった。
 
 龍の字は原始民の間に恐れおののく意識の中で、古代民衆の現実生活の中で作り出されたものである。龍が一種の偶像になった時、それは自然界の動物の複合体と異なるものを持っていた。


   牛の耳、トラの手、鷹のつめ、蛇の体、魚の鱗。龍の形の龍の字は同じで、完全に一種の仮想で、しかしながらそれは非凡にして突出して、空に掛かる人間界を超越した気勢、奇異にして言語を超える、奥深く計りしれない威力、漢民族に対して語り告げる、子々孫々までの無限の吸引力をもち、為にこのような龍は中華民族の象徴になりえたのである。

2011年12月20日火曜日

毎:古代では老年の女性は尊敬された。毎はそういった女性の髪飾り

「毎」の字形の変化は「母」に同じ
母の髪飾りから発して盛んなること
  「毎」は指事語である(指事語とは六書の一つで、抽象的概念を表すため、符号を組み合わせる造字法)。甲骨文字では母の上に横線を加えている。これは女性の髪飾りを表示したものだ。上古社会では、女性は髪を切らず、髪の毛は年齢とともに長く伸び、年齢が高くなればなるほど髪の毛は長く、なかでも老年の女性は、真っ白な髪を通常、頭の上で整えたのが特徴である。「毎」の字はこの一つの特徴をとらえたものである。


  金文と小篆の「毎」は母の変化と同じである。この為に楷書の「毎」の字になっている。許慎は《説文》で「毎」を盛んになることと解釈している。実際「毎」の字は髪の毛の盛なることをいい、年齢のたけたこと、また子孫の多いことをいう。くさの繁茂することとは少しの関係もない。毎の字の造字の本義は、氏族社会の中で、子孫が多く人々の尊敬を受ける年配の女性のことを指す。

2011年12月15日木曜日

前沖縄防衛局長の暴言 「犯す前ににいいますか」

  いま日本中はこの驚くべき暴言に唖然としているのではなかろうか。この発言が元で罷免された防衛局長の品性のなさに、情けないという思いに駆られている人は私だけではないだろう。
 さて、この暴言に関係して、毎日新聞の11月30日付余禄にあった記載に触れてみたい。暴言という語源について「余禄」は白川博士の著述から、『「暴言」の「暴」は日と獣の死骸の形を組み合わせた文字なのだという。白川静さんの「常用字解」にそうある。死骸が太陽にさらされるわけで「さらす」、するとたちまち骨があらわれて「あばく」「あらわれる」との意味になった』とある。
 
早速我が唐漢氏は何と言っているのか当たって見た。


  氏はこの文字は太陽の光に麦の穂が晒されているものだとしている。ここでも白川博士の呪術的な発想に対し、農耕に漢字の発生を見る氏の視点の違いが際立っている。
 曰く、 「暴」この字は一種の会意文字である。金文の「暴」の上辺は爾の光が下に向かって照射している様を表している。下辺は突出した麦の穂が成熟した形とみる。あたかも日の光が降り注ぎ、麦が熟しているときの描写である。小篆の「暴」の字は形の変わった両手が太陽の光のもとに米を晒している様を示し、楷書が隷書に変化する過程の中で、再び形が変わり「暴」の字となり、形は似ているが雰囲気が失われた会意文字の形になった。甲骨文字の品用がないところを見ると甲骨文字の時代にはこの字はなかったのかも知れない。
 日に晒すということから引き出されてくるのは「顕露、顕示」の意味で、暴露と同じである。赤い日が空に当たり、強烈な日差しが火に似ていることから「慌ただしい、猛烈」ということが引き出され、「暴雨、暴怒、暴躁」等の言葉が出来た。また「残忍、残酷」の意味も表わされ、暴虐、暴行、暴徒等の言葉にもなった。

2011年12月12日月曜日

「民主」はどこから来てどこへ行くのか

  民主党は苦しんでいる。あの嵐のような熱気が去った。
   民主党が政権をとってから国民の間では期待が先行しながら、国民の期待は裏切られ、いまや失望が燎原の火のように広がりつつある。
  先の選挙の当時は、「自民党のむちゃくちゃな政治の後だから、民主党も大変だわな。」というのが国民の偽らざる感想であったと思うが、今や自民党以上に悪いという声すらある。60年間続いた自民党の「独裁」の弊害に対する嫌悪感は国民の間に行き渡っており、国民はいまさら自民党時代に帰る気はもうとうないとは思うがどう動くかは予断を許さない。一方では橋下氏のようなファッショ的な風潮が大衆の間にももてはやされるようになって来た動きもある。
  世の中にはそれでも民主党、自由民主党と「民主」という響きのいい言葉が溢れているが、我々はともすれはこの響きにだまされてしまっている部分がある。その中身と歴史を今一度振り返って見る必要がある。
 ここで「民」という字は一体どこから来たのか冷静に考えてみるのも悪くないだろう。早速「民」の字の由来について考えてみよう。
   ここでは、中国の唐漢氏に登場願うこととする。氏は彼の著作「漢字の暗号」(汉字密码)の中で、以下のように述べている。
民は奴隷を識別するために目を潰した
 民という字は左の図の通り、本来象形文字である。図の中で甲文とあるのは甲骨文字、金文とあるのは青銅器などに鋳込まれている古代文字である。この甲文、金文のいずれも上部の文様は「左目」を示している。そしてこの両者とも「目」を錐状のもので突き刺している状態を示している。それが小篆を経て現在の楷書の形「民」になったものである。 
  民の本来の意味は奴隷である。殷商の時代に統治に便利な方法として、考え出されたのが、「奴隷の左目を潰す」という残酷な方法である。戦いで他民族を征服したとき被征服者と征服者を容易に見分けられるよう、被征服者=奴隷の左目を錐で潰したのであるが、それをそのまま字にしたものがこの「民」という字である。
  当時これらの奴隷は「民」と呼ばれ、それ以外の者は「人」と呼ばれていた。後世になってこの区別はなくなり「人」と「民」が言葉の上でも統合され「人民」と呼ばれるようになったが、この「民」には「愚、頑」などの余りよくない修飾語はつけられて、「賢、偉」などのほめ言葉が修飾語につかないのはこの由来によるものである。
  この名もなき「民」が「主」となる「民主主義」という概念は本当にすごいものである。人間は奴隷から、人民になり、民主主義の社会が実現されるまで何千年もの長い血みどろの闘いが必要であった。言葉はその概念は時代とともに変化する。しかし大事なのはその変遷の歴史と現在の位置づけである。
  現代においても民主主義が真に実現されている国はまだないといっても差し支えないのではなかろうか。日本は民主主義の国とよく言われるが、貧富の差がこれほど拡大した国、官僚が平然と税金を食いつぶし大きな顔をしていられる国、「自己責任」という言葉で国民の貧困化が黙認される国、小選挙区制で民意を死票として葬り去ってしまう国、結局声の大きさと態度の大きさがものをいう国、モンスターペアレントなどのごね得がまかり通る国は果たして本当の民主主義の国といえるのだろうか。それは日本がお手本としたアメリカでも同じである。いや日本以上にひどいかもしれない。
 中国でも孫文が唱えた三民主義がある。民権、民生、民族の三つの民をとって、三民主義とした。しかしまだかなりの制約がある。言葉の響きよりも中身が問われる時代である。

  かつてマルクスは言った。「民主主義が実現された社会は民主主義が眠り込んでしまった社会である」と。 この意味はどういうことだろうか。よく考えてみたい。

2011年12月9日金曜日

来年の干支は「龍」 龍の字の年賀

 来年の干支は「龍」。インターネットサイトや本屋さんには年賀状の素材が並び、どこを見ても「龍、龍、龍」である。来年になれば我が家の郵便箱は龍で溢れかえるであろう。この奇妙な社会現象は一体何だろう。おしなべて誰もかれも「龍」では面白くもなんともないだろう。と言いつつせっせと年賀状作りにいそしむ自分がそこにある。こうやって世間に何十年も流されてきたのかと思うとそろそろ終わりにしてもいいのではないかと思うのである。
 さて、この龍の字の起源は何だろう。あまり解説せずに、甲骨文字と金文文字を並べてみることとする。こうしても見ると結構味わい深い字になっている。

甲骨文字の龍、古代人は味わいがある
  龍、甲骨文字の中での表現は2種類の同じでない形態を持っている。専門学者たちは出土文物と文字形象とから、「龍」の字の原形を、あるものはかつて今日の内蒙古と東北国境内の草原にに生きていた蛇と考えたし、或るものは今日に至るまで長江の中の穴の中に生きていると考えた。前者は今から4000年前紅山文化の出土した玉龍をその証拠とした解釈であり、後者は商代の青銅器の爬行龍紋を支持する解釈である。

金文の「龍」甲骨文字に比べると、美的な視点が
加わり、洗練されてくるようになった。
 金文中の龍は同様な表現の二つの図形を持っている。一つは青銅器銘文上の図形文字で、芸術化の方向性が見えている。図案化の発展の傾向にあり、この種の龍の字は更に美的な側面を有している。 もう一つは白線条の図案にその特徴がある。

いずれにせよ、は中国人の心中、最も神聖な動物神である。又中華民族の象徴でもある。「龍文化」は漢字文化の中で長きにわたって源流であった。 継続時間は最も長く、かつ神秘的色彩を備えた文化現象の一つである。

ここでは理屈を抜きにして、古代の味わい深い字を味わってみたい。年賀状は偶にこのような味わいを楽しみながら作って見るのも一興かも知れない。