2012年1月2日月曜日

今年の干支は「龍」ではなく「辰」

十二支で今年は「タツ年」に当たる。しかし実際には「龍」と書くのではなく、「辰」年と書く。昔から十二支を言う時には「子丑寅卯辰巳・・」と表し、ネズミ年は「子年」といい、「鼠」という漢字を使わない。
中国の殷周の時代には既に地支を用いた暦が使われており、十干、十二支の組合せで60年を表していた。

では「なぜ子丑寅なのか?」 これは諸説紛々として未だ定まらずという状態であるらしいが、我が唐漢先生は、「古人は天の動きを人間の生れてから成長の過程で表したもの」という。因みに子年は、胎児が産門をでて出生する状況の象形文字という。「卯」は胎児が出生後、胎児と胎盤が分かれる時の分離の状態を表しているとのことだ。

[辰」出生をし胎児と胎盤を分ける為石の刀で
臍の緒を分断している状態
辰年は「出生し、胎児と胎盤を分ける為、石の刀で臍の緒を分断する状態を示している」ことを指しているという。

「辰」これは会意文字である。甲骨文字中の「辰」の字には2つの書き方がある。等しく上古の先民が刀を用いて臍の緒を断ち切るという実生活上のことから来ている。第一の上部の横一は切り開くということで、ここでは分離の意味である。下部は人の両手が石の刀を取っている象形を描いているという。


その少し下部の図形は両手を前に推した形である。字形を整え、図解してみると鋭利な石刀を用いて臍の緒を裁断しているのを表示して、胎児と胎盤を分離していると読み解かれるとされる。
金文の「辰」の字は甲骨文字の一脈を継承している。小篆は字の形は美観で、筆順は均整がとれており、まさに字形は調整されているが、しかし却って象形の趣は失われてしまっている。
楷書はこの流れで「辰」となった。

このように天の変化を人間の出生に見立てて考える見方は「本当かな」と思う反面、最も身近な生れるという現象で天の動きを表現するのはある意味で合理的なようにも思える。

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