2012年2月16日木曜日

我を呼ぶに「我」

「我」は古代の兵器の形状である。ただその形状が
特異であったゆえに実践には用いられず部隊を表す
標識としてのみ用いられた
「朕」は「我」のことと始皇帝はいう。しからば「我」はいったい何処から来たのか?

「我」は刃の部分がのこぎり状を呈している一種の古代兵器である。この種の兵器の鋳造技術が複雑な上に、実戦能力もそれほど強くもなく、ただわずかにその形状が特異であるために、常々出征時などに、標識と権力の誇示のために用いられた。また統帥者の儀仗にも用いられた。

よって第一人称複数代名詞、即ち「我々」の表示に借り受けられるようになった。


甲骨文字中の「我」の字はまさに「我」の象形描写即ち波型の刀の刃の典型的な形である。しかし金文の「我」の字ではすでに象形は消失しており、小篆に至ってはすでに兵器の意味は少しもなくなっている。この形の変化が「我」のこの種の兵器の消失に関係があるか否かは分からない。

「我」とは「説文」では「自ら」のことを言う。 
「広韻」」では、直接的な解釈で、「我、即ち自分のことを言う」 当然これは兵器の「我」を借りており、意味上の拡張後のことである。

0 件のコメント:

コメントを投稿

コメントを残して戴くようお願いします。個々に対応させていただきます。