2012年2月22日水曜日

我は「自」のことか

「自」はもともと鼻の意味である。昔の人は自分の
の鼻を親指で示し「俺」と言っていたことから「自分」
という意味になった。
 「自」はもともと鼻の形を表した象形文字である。甲骨文字の上部は鼻柱の様だし、下部は左右の鼻孔。金文の字形は鼻の山根の部位の皺を強調しているが、甲骨文字の形状とは似ていない。小篆字は金文から発展させたものだし、楷書はこの流れで「自」と書いた。
  「自」の本義は鼻である。かつて人々は話の中で自分のことを強調する時、常々親指で自分の鼻を指していた。この為、「自」は自分の意味を表示するのに用いられた。自白、自己の如く第1人称代詞になった。鼻は大気を吸って体内に入れることから、正に体内の排気、呼出の効能を持つ。この説は古今東西正しいものと受け止められているようだ。

 「自」から拡張され「従、由」という意味になったことから、自然的と同義となって、副詞や介詞に用いられた。「自生、自滅」のように、自然の生長と滅亡と解釈され、而して自、自古の自、即ち介詞に用いられるようになった。意味の同じ従、由には「自」を当て更に多くのところで運用するようになって以降、人々は新しい「鼻」という字を作り「自」の本来の意味にとって替えるようになった。 「鼻」の上部は「自」という字で、下部は「異」という字で「通じる」という意味を兼ね備えている。また読み音も表示している。
 「自」と「鼻」の間の関係は古今字となっている。「自」は古字で主には拡張した意味に用いられている。「鼻」は今字で「自」の原義を表す。即ち呼吸と嗅覚器官の意味である。「鼻音、鼻水、鼻青脸肿(殴られて鼻青黒く、顔がはれ上がる様)」等の言葉の中の「鼻」 の字である。 
  鼻は顔の中で突出した部位である為、人の顔の美観上重要な作用を持っている。《列女伝》の中に紹介されている「梁高行」はこの一例になっている。梁高行は梁某の妻であった。見目麗しく、聡明で、未だ花も実もある時に夫を失ってから、却って子供の面倒をよく見て、どうしても再婚しようとしなかった。梁王が人を家に差しやって媒酌の労を取ろうとした。梁高行は鏡に向かって自分の鼻を切り落としてしまった。彼女は使いの人に向かっていうに「私は我が子が孤児になるのが忍びがたく自殺できません。私は自分の鼻を切り落としました。あなたはどうか私を放っておいてください。梁王はそれを知って彼女を敬い「梁高行」という名を与えた。この故事の中で梁高行はなぜ耳を切らなかったのか、なぜ指を切断しなかったのか?それは鼻が容貌上の位置が別の器官と比べて非常に重要だったからである。

1 件のコメント:

  1. 本格的な漢字解説で、私のブログとは正確を異にしています。私は漢字論を書いているつもりはなく、面白いことをいろいろ書いているだけです。
    こちらは、真正面から向き合っていてすばらしいと思います。
    したっけ。

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