2012年3月24日土曜日

古代の「育」と「毓」の由来と起源

 このブログを起こしてからもうすぐで2年になる。
そこで改めて原典を見直してみようとパラパラページをめくっていたら、漢字の面白さを再認識させられるような「目から鱗」の漢字にぶつかった。
今までアクセス数ばかり気にしていた自分の動機の不純さを思い知らされ、今後自分が楽しむことに力を注ごうという気になった。アクセス数はその結果自ずと付いてくるものであろう。
描写のリアルな点はなんともすごい
現在では氏名、地名にしか使われない 


さて、その漢字は今ではほとんど使われないが、古代中国では「育」の異体字として使われていた「毓」という字である。これはYuと読むが、この甲骨文字たるや自分にとってはある種の衝撃を受けたといってもいいような文字である。


毓」は「育」の字の異体字となっている。甲骨文字、金文の「毓」の字は皆一人の婦人が今まさに出産している状況を描写している。
女の人の下には下を向いた子供の形があり、今まさに嬰児が母体から分娩して来ている様子である。逆さの子供の下の方の小さな点は、分娩時の羊水の流出を表している。

現代ではこの文字が原義を代表している


小篆は金文を受け継ぎ字形構造はほぼ同じであるが、図形の持ち味は消失して、「毎」と「寛」の会意字になっている。ここで何で「寛」なのかは理解できない。は母の髪飾りを指していたことから拡張され年配の女性、盛んなることを表す。


 「毓」の本義は生育である。また出産をも表している。又毓と育は両形とも異型同義語である。此方の字「育」は、子供視点に立っているとも云えないだろうか。

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