2012年5月22日火曜日

漢字の起源と由来:悠久の昔から受け継がれた姓「羌」


このところ司馬遼太郎さんに嵌っている。その彼の「街道をゆく 20」は「中国・蜀と雲南のみち」は彼が昭和56年に成都から雲南へと辿った道の少し古い紀行文である。

 私も先日北京から成都に入り、四川を遡り九賽溝をめぐった後、三峡を少し下って来た。もっとも私の場合は完全な観光旅行であり、司馬さんのいわば取材旅行とは趣をずいぶん異にするも、もう少し自分の足跡をトレースし直すのも悪くないと考えている。

 それはさておき、彼の「街道をゆく」の中で、少数民族のチャン族のことが触れられていた。そこでこのチャン族のチャンという漢字に焦点を当ててみたい。

 このチャンという漢字はピンインでqiangと表現するが漢字では「」と書く。もう一つ「姜」という字があり、まったく同じ字形をしており、原義も殆ど同じである。ただ羌は男のチャン族であり、姜は女のチャン族を表しているという。 そしてこの姜という字は上古の氏姓制度の名残りとして今日の「姓」に受け継がれている。

 現代ではチャン族の人々は、人口30万人と言われ、青海、チベット、雲南の各地に分布し、少数民族としての文化大切に(頑固に)守りながら生活している。司馬氏は「街道をゆく」の中で、このチャン族は殷周帝国の祖先ではないかと推察している。周族の女性にこの姜を名乗る人も多かったというのも司馬氏の推察の根拠になっていたのかもしれない。

 羌qiang、姜jiang共に羊に関係する特殊な字である。この2個の字は全て一つの古くて且つ多難な民族に関係している。彼らの世代は牧羊で、羊で自己のトーテム崇拝をしている。彼らの宗教はアミニズムをである。そしてそれは生活様式と融合し今日まで受け継がれている。 

 羌は甲骨文字では羊と直立した人の合成字であらわされる。字形の構造からみると、十分人が羊の首を飾ったように見える。さらにこの事は牧畜の生活様式と密接に関係している。

 殷商の甲骨卜辞中、非常にむごいことだが、多くの羌人を生き埋め、叩き切り、焼き払い、手足をバラバラにした後に祭祀品に当てたという記載がある。

 羌人は元々古代の中国の西部(今の山西省、陕西省一帯)の遊牧生活をする部族を指していたが、北方の遊牧民族も含まれるようになった。羌人は祖先から遊牧業を守り抜いてきたし、漢族と結婚もし、混血して生きてきた。但し中原の漢族の不断の征伐と凌辱を受け、次第にはるか西北部に追いやられてきた。漢代の時人々は西羌と呼び、北宋時代には突厥と呼称し、或いは唐の時代にはトルファンと呼んだ。後日、青海とチベットの少数民族に融合している。


0 件のコメント:

コメントを投稿

コメントを残して戴くようお願いします。個々に対応させていただきます。