2012年7月24日火曜日

「宴」:漢字の起源と由来


「宴」の語感

「春高楼の花の宴 めぐる盃影さして」と詠われた、春の宴は我々日本人にはうつくしい響きを以て、ある種の心地よさをもたらしてくれる。これは土井晩翠作詞と滝廉太郎作曲によるものだ。

  しかし、このような美しい情景を思い浮かべる「宴」も、その言葉の原義は、もっと生々しい、人間のエゴと欲望の渦巻く舞台であった。

「宴」の漢字の発展

引用 「汉字密码」(下巻P744 唐汉,学林出版社)

「宴」これは会意文字である。金文の宴の字は外側は屋舎のかたちで、中の下には「女」で、上部には「日」で、女とのセックスを表している。小篆は金文を受け継ぎ、「日」が女の上になっている。楷書では「宴」と書く。
  ここで「日」という字は、セックスを表しているというが、またもや唐漢さんの独特の発想かと思いきや、「中日大辞典」では、「罵り言葉として男から言う「日」には性交する」という意味も含まれるというから、まんざらとび跳ねたものではなく、それなりに巷ではこのような使われ方をしていたのかも知れない。

「宴」の本義は女の人で客人の接待をすること

引用続き

 「宴」の本義は女の人で客を接待することである。「宴新婚の兄弟の如し」ということは「上古時代の族外婚の時は兄弟同様一人の女性を共用する。「宴」は古代にあってはまた部屋の意味を表す。《易·随卦》の"君子以向晦入宴息。"の「宴息」は「夜になると屋内に入って休息する」という意味である。実際今日では、この行為は極端に野蛮で淫蕩な行為と見られているが、上古時代から女の俘虜はみんなの共用で、且つ客人の接待に使っていたのは一種の習俗であった。

 春秋戦国時代に至ると、諸侯、貴族、大商人は例外なく女を養うことで以て栄えたことのアイデンティティーとし、幼い子供、美しい妾で部屋を満たし、楽団や芸子を家の奥深く侍らせた。


 この種の女性は、単に高官、貴人に留まらず性欲のはけ口になった。また彼らは客人の接待に用いる一種の用品であった。
現代漢語の中で、宴は宴会、酒宴、宴席に招くなど多用されている。


壁画に見る宴会の様子

  この様子は昔殷の国の大きな邑があった云わば都であるが、今の中国の安陽という街の「安陽博物館」に飾られていた大きな壁画にも見ることが出来る。これは後世のものだろうが、当時(殷朝の時代)の宴のありようを表していると思う。
 この絵の左側は宴の出席者で、主催者と客人が飲み食いしている様子が見て取れる。右側には粗末な服を着た女人たちが踊っている。これが、恐らく奴婢、奴隷で、この宴で客人たちに体で接待を強要された者たちであろう。
 この時期は日本は縄文時代の末期であるが、中国では既に殷朝という大都市国家が出来、地域的ではあるが、権力の集中がみられている。建屋も立派な大きな宮殿が作られている。
 また女たちの着ている衣服にせよ、貫頭衣の様な未熟なものではなく、粗末ではあっても、それなりの縫製されたものと見受けられる。またこの王宮跡にはとてつもなく大きな青銅器の鋳型が作られていた。

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