2012年9月26日水曜日

都という漢字の起源と由来



引用 「汉字密码」(P727, 唐汉,学林出版社)

「都」は多くの小さな町を従えた大きな都市

「都」は会意文字である。金文の「都」の字は左右が結びついたものになっており、右辺は「邑」で「人が集まって住む都市」を表し、左辺は「者」という字である。もともとは漆塗りの器の意味である。両形の会意で、多くの小さな町を従えた大きな都市を指している。



国の城(街)を都と言う。いわば国君が住むところ 

 今の人は国の首都を「都」と称す。 《释名•释州国》:「国城曰都,言国君所居,人所都会也。」 国の城(街)を都と言う。いわば国君が住むところで、人皆会うなり」また拡張して大都市という。


「都」は 「全てが集まるところ」の意味で、中国語では「全て」という意味に使われる

都市は庶民が物品を合わせ集めるところで、だから拡張して集合の意味になった。聚集から「全てが集まるところ」の意味で、完全とか全部を表す。杜甫の「喜雨」の詩"农事都已休,兵戎况骚屑。"ここでの「都」は即ち総括を表す。都は副詞を作り、強調する作用もある。例えば「连里头的衣服"都"淋湿了」この解釈は「中の服でさえずぶ濡れだ。」
  


2012年9月25日火曜日

京都の「京」という漢字の起源と由来はいかに


京と高、膏等は同源で、上古社会の夏華民族の生殖崇拝から来ている。或いは男性の自身の感受的なデッサンである。
引用 「汉字密码」(P524, 唐汉,学林出版社)

京都の「京」は男性の自身


 「京」と高、膏等は同源で、上古社会の夏華民族の生殖崇拝から来ている。或いは男性の自身の感受的なデッサンである。




京の字の上部は男性の生殖器 

 甲骨文字の京の字は上部は男性の生殖器の符号の「舎」で下部の「内」は男性の両脚を表す。中の縦線は男性の精液が下腹の腹腔から噴出している様を表している。右の図の4つの甲骨文字のデッサンは将に男性の射精を非常に感性的で直観的に描写したものである。甲骨文字の京の字はこの4つの書き方の簡略形とも見られる。

常用されたのは一般の意味の「高崇」という意味 

 「京」の本義は男子の射精の精液が高く上ることである。しかしこの本義はこの意味で使われることはない。古代漢語中、常用されたのは一般の意味の「高崇」である。

北京市の高大な建築の連なりは「京」の如し、中国の象形文字の生命力に驚嘆する。 

 後の人は国の都を称して「京」と呼ぶ。即ちその建築物は高宗で高くそそり立ち昂然としているの意味である。今日の北京市の眺めれば、一つ一つの連なりは「京の高大な建築の如しで、まさに中国の象形文字の生命力に驚嘆する。京は二音節の言葉で、「京城、京华、京兆、京邑、京哉」など多くあり、消滅したものは僅かである。

2012年9月21日金曜日

赤という漢字の起源と由来


 紅葉と書いて、コウヨウと読む。この「紅」とは赤いという意味であるが、この赤いという意味を持つ漢字は多い。
「紅 緋 赤 朱 茜 纁 绛(日本語では糸偏)」などがあり、それぞれ少しずつ色合いが異なっている。
 今日はその中でも、「赤」と言う字の起源と由来に焦点を当てる。
引用 「汉字密码」(P632, 唐汉,学林出版社)

 「赤」 これは会意文字である。甲骨文字の「赤」の字は、火の上にある大の字から出来ている。まるで人を焼きつけている火の上においたようである。はるか昔、生贄の人を火あぶりにして雨ごいをした習俗があった。「赤」の字は将にこの種の習俗の形を反映したものである。小篆の「赤」の字は隷書への変化の過程で、今の楷書の赤の字になった。上半分は人の形で、少しずつ変化して土の字になった。

 「赤」はもともと一種の祭祀の名称であった。示しているのは火で人を焚きつけて雨がほしいことを感じさせる。火の炎が起こってくると、まず人の服装を焼ける。この為赤は空と裸の意味がある。「赤地千里」(干ばつや虫害で土地が莫大な広さで枯渇する)、赤貧(貧乏のひどいこと)、「赤手空拳」(自分以外頼るものが何もないこと)、「赤足」(はだし)、「赤膊上阵」(鎧兜を脱いで突き進むこと)、「赤条条」(素っ裸であること)等。人を焚きつけて火で赤く焼けるの意味もある。この為拡張されて朱紅に比べ少し浅い紅色とという意味となった。後日、広く赤色を持つものを指すようになった。

 宋代の詩人陸遊は《记老农语》のなかで「霜清枫叶照溪赤」と詠った。詩の中の赤は即ち紅色の意味である。紅色は鮮血の色、また心臓の色、以て今日革命を象徴するのに用いられる。血を流して自由を勝ち取ることを表示し、赤衛隊、赤胆忠心(忠精心にあふれている)等。

2012年9月19日水曜日

親という漢字の起源と由来



 親と子の関係はずいぶん薄くなった。昔は親は子供を育てるだけで、いわばその関係はゆるぎないものだあったが、今では「親は無くとも子は育つ」とか言われ、親の力はなくなって来た。それだけ世の中が複雑になっていたのであろう。

 しかしここで展開される説は少し逆説的すぎるようにも思うが・・。  

引用 「汉字密码」(唐汉,学林出版社)

 金文の「親」の字は会意形声文字である。左側は「辛」という字で捕虜の刑具である。右側は眼を表している。図形全体では会意の方式で首の上に架せられた刑具を表し、眼で極めて近い距離にあることを示している。小篆では、変化していく過程で、「辛」の下に木の字を加えることで「木」出来た刑具であることを強調している。楷書ではこの関係から「親」となり、簡単字化で半分が無くなっている。

 親の本義は近くに張り付いていて、中途半端な距離ではなく、極めて近い距離にあることを示している。孟子の「男女授受不亲 , 礼也。」(男女の間では直接、物をやり取りしないのが礼儀だ)男女の間では媒酌を経ずして婚姻を結ぶことで、相互に近く接触することはすべきでない。現代漢語の中では本人が手を動かして、中間に他人を入れることがないのは「親、親自、親手、親信」などという。

 近から親は、また関係を指す。感情の近いこと親密なることをいう。名詞が出来て、血縁があること、或いは感情の親密な人は「双親、舅、表親、親戚」等。特に婚礼の時、元来疎遠な人と一緒に契りを結ぶことを「結親、親事」等という。「親家」の中の親は発音はqinといい、良家の娘息子が夫婦関係の後親戚となることを言う。

 「辛」は刑具である。首の上にかけ、捕虜であることを示し、奴隷の命運の始まりを意味する。また異国の地にあっては「举目无亲」(全く身寄りがいない)ことは凄惨な生活の始まりである。古人は眼と刑具で距離感を表し、哲学的な響きでもって、あなたの自由になるものか、あなたの近いものかを限定した。
 


 

2012年9月7日金曜日

柵という漢字の起源と由来



柵という漢字はある意味では原始的な漢字である。それは見ただけでは、進化というものを殆どしていないように思う。字というものはその時代につれ、文化の進展につれて、進歩していくものである。なぜ進化したか、なぜ進化しないか、それはそれで、研究に値するものだろうと思う。

引用 「汉字密码」(唐汉,学林出版社)

 柵は象形文字である。甲骨文字、金文字の柵の字は等しく上古時代の柵の欄で、垣根のデッサン絵である。図がよく似ているので、周時代は古文字の中で「柵」は木簡柵(文字を書く柵)に借用された。即ち、串で一緒にされた字を書くための竹の木簡である。

 区分を明確にするため小篆では木偏が付け加えられ、専ら柵の欄の意味に用いられている。そして会意形声字となった。楷書ではこの関係から「柵」と書かれる。説文ではかたい木を編んだもの。木と冊から冊の音とする。

 木や竹を用いて編んで垣根とする。古代では物を押しとどめるために多用された。商周の時代の青銅器多くの柵の図形がある絵が書かれていた。図1の如く豚を飼う為で、二つの目が看守の人がいることを示している。二つ目(図2) 柵の中には牛と樹木がある。3つ目の図3は柵の下に4把の木鋤があり、柵で囲んだ土地の上の工作物を表している。

 《後漢書・段颖传》の中には千人の人を遣わして柵を作った。広さ20歩、長さ40里。これは古人が柵を用いて辺境を明示した文献の記載である。

2012年9月6日木曜日

住まいの漢字 「宿」の起源と由来


今では死語となってしまったが、「宿場、宿六」などという言葉はなんとなく、鄙びた語感を持っている。今も宿屋と言えば基本的には、日本風の宿泊施設のことを言い、ここでは「女将」という主人がいるのが一般的である。あまり宿の亭主に男が出てくることはない。これは接待される方にとって、男の「主人」ではなんとなく、気づまりなところがある。

引用 「汉字密码」(P723, 唐汉,学林出版社)

 「宿」は会意文字である。甲骨文字の「宿」の字は外は家屋のデッサンである。家屋の中の右には蓆があり、蓆の上で仰向きに横になっている。金文の構造は甲骨文字と同じであるが、蓆の形が三角形に変わっていて、人と蓆の位置が入れ替わっている。小篆の「宿」は変化していく中で、蓆は「百」の字に変わって、楷書では「宿」となった。

 「宿」の本義は、住む宿のこと。《苟子・儒效》の様に、宿と百泉に暮らす。現代漢語では「宿営、風餐露宿」等の言葉もある。  名詞に変わって住む場所を表すようになった。《周礼・地官・遗人》の如く「十里行くと飲食できるところがあり、30里行くと食事のできる宿がある。又転じて夜を指すようにもなった。 贾思艇の《齐民要术・水稻》の様に「種を洗い、三宿漬けておく。」ここでは「稲は洗った後三夜漬けておく」と言っている。又さらに拡張され、隔夜、隔年のようにも使われる。さらに古いの意味で「宿麦、宿願、宿志」の様にも使う。

 また年長を讃えて、経験者の様にも使う。「宿将、宿者」の如く、宿将は経験豊かな老将の意味である。   

2012年9月1日土曜日

寝: 漢字の起源と由来

  寝室は中国語では「卧房」という。さて、ここで「寝」と同じような意味を表す漢字に「卧、寝、寐、眠、睡」がある。意味は似ているが具体的な使用方法には、少し違いがある。「卧」は腹ばいになって寝ることを指す、但し必ずしも眠っているわけではない、その姿形に重点がある言葉である。「寝」は睡眠を指す。眠っている部屋に重点がある。「寐」は一般的に寝ることを指す。睡眠に重点がある言葉だ。「眠」は目を合わせて閉じているのが本義で、そこから拡張され、「睡」を表す。「睡」は座って首を垂れうたた寝をしている意味である。
 


引用 「汉字密码」(唐汉,学林出版社)

「寝」の本義は睡眠である。



 「寝」の本義は睡眠である。また寝室を表している。甲骨文字では、「令多尹作王寝」とある。これは多数の執事や大工に命じて王の居住の寝室を作らせたということである。



「寝」は 居室を寝るために清掃することを示している。 


 甲骨文字の「寝」の字は会意文字である。外側は部屋を表す形で、内部は箒の象形である。両形の会意で居室を寝るために清掃することを示している。金文の「寝」の字は甲骨文字の基礎の上に一個の手を加え、清掃することを明確にしている。小篆は金文の形に人を加え、楷書では「寝」と書く。また造字の方法で人を変化させ、寝台の意味を持たせ、これを簡単化した旁で、「寝」とした。

 「寝」は説文では「臥」なり。


 「寝」は説文では「臥」なりとある。「体を横たえて寝る、休息の意味である。論語の衛霊公では「我味わいて、終日食わず、終夜寝ず」とあるのは俗に言う、「夜食が不安なら寝るのも安定しない」の意味である。 「寝」は名詞を作り、寝る場所を指す。「入寝、寝室」など。又特に帝王の陵墓を「陵寝」などという。