2013年2月28日木曜日

豆:漢字の起源と由来


 豆は「畑の肉」と言われたんぱく質を豊富に含んでいる。そのため、たんぱく質を取ることができなかった日本の昔の僧侶たちはタンパク質をもっぱら豆に求めてきた。
 そういう意味では穀物の中にあって、もっぱら炭水化物をその主成分とする米や麦と異なり、特別の位置を占めていたといえる。
豆の歴史は古く、中国が原産で考古学上の発見も早くから食されてきたという証拠が発見されている。
 では、漢字の豆はどこからきているのか?

引用 「汉字密码」(P217,唐汉,学林出版社)


 「豆」は「菽」(豆の総称をこう呼んだ)の後の名前だ。豆の本義は一種の食器を示す。これは一種の足の高い皿の象形デッサンだ。古代の先民は常々熱く熱した豆をこの種の高い脚のお皿の上に盛り付けて食事に出していた。また祖先や神々にお供えする盛り付けからも来ている。この過程の中で、先民たちは豆の形の皿の造形が中間部分が大きく、上下がやや細の長く、大豆やソラマメの類と外径が良く似ていることを発見した。この為漢代以降「豆」はこの種のだ円形の植物の種子の呼称に用いられるようになった。

 大豆は中国で最も早くから栽培され、今日までもう数千年の歴史を持っている。現在世界中で植えられている大豆の源は皆中国からのものだ。考古学では最も早い大豆の実物を発見されている。春秋時代には晋国の、今の山西省の「候馬」から出土している。二千年前の「詩経」の中に「中原に菽あり、庶民これを采すとある。」古文書の中では早くから「豆を食べると人は重たくなる」の記述があるが、これは豆を食べると太ってしまうという意味だ。これから、古人は早くから既に豆が豊富なたんぱく質を含んでいるということを実生活から学んでいたようだ。


2013年2月7日木曜日

黄砂を表す漢字「霾」:起源と由来

 」はすこぶる難しい漢字である。これを読める人はそうざらにいるものではない。これは日本語読みでは「つちふる」と読んで黄砂を表す。なぜ突然こんなことを言い出したかというと今日の毎日新聞の「余禄」というコラムでこの漢字のことが触れられていた。これは春の季語である。毎年春になると中国大陸で発生する黄砂が海を渡って日本の上空にやってくる。従って西日本では特に春先になると晴れているのだが、霞がかかったような状態になる。しかもこの霞黄色い色をしている。いわゆる花曇りとは少し異なった趣を示す。
 私は中国にいたとき「黄河」のほとりを尋ねたことがある。黄河の砂浜に足をつけたことがあるが、この砂はすこぶる小さくて、砂というより殆ど泥だなと感じたことがある。またある時は、中国で街中を歩いていたとき、突然天気が変動し、大粒の雨が降ってきたことがある。この雨日本のように透明ではなく、泥の雨だったことを覚えている。雨が降った後、自分の服を見ると雨滴の跡に泥がひっついて大変汚らしい感じを持ったことがある。そこらあたりの車も同様で、窓も屋根も泥だらけだったのを覚えている。
 ところがこの黄砂が日本にやってくる過程で、色々の汚染物質を付着してくるので、非常に厄介なことになる。
 今年の黄砂は、「PM2・5」という車の排気ガスなどから出る微小粒子物質が付着したもので、健康にも非常に害のあるものだということである。日本に飛散してくる前に、中国でも深刻な被害を及ぼしているということなので、中国自身で解決してほしいものである。これは日本人のたっての願いだが、やはり自分の身は自分で守れ!といことで、マスクをかけて欲しい。マスクは高機能のものが出ているが、中でも光触媒を使ったもの等が開発されている。このマスクはこのサイトの中の「キオスク」でも一部紹介をしておいたので、興味があれば見て戴きたい。

 公害防止の鉄則は「できるだけ根元から断て」である。飛散や拡散してしまってからでは、遅いのである。
 さて今日はこの「」の起源を尋ねたい。
引用 「汉字密码」(唐汉,学林出版社)

 「」は、説文で言うには「風雨土」である。これは、中国の北方地方特有の一種の現象である。風雨の中に混じった大量の土埃であり、雨で下に落ちたり、砂嵐や汚れた雨になって下に落ちる。甲骨文字の「」の字は上部は雨の簡単形で、下部は獣といくつかの小点からなっている。これは土埃の雨で動物の体に出来た汚い汚点を示している。
 小篆の「霾」は、変化して形声字になっている。雨と発声字。狸は「埋める」という意味の初めの字である。もともとはお祭りの時動物を穴の中に埋めたことを示している。ここで土の点は 「落ちた」という意味である。
 「霾」の本義は大風が土埃を巻き上げることを示している。雨で落下する天候の現象である。「终风且霾」の意味は、「大きな音を立ててやってきた大風は土埃が混じっているものだ。」という意味である。
 「霾」は中国の一種の特有の気象現象である。遠く数億年前から、シベリアから吹き込んでくる黄土は、中国北方の黄土高原を形成した。甲骨卜辞に記載のあった3千数百年前、安陽の地区の砂嵐が記載されている。ここ数年新聞メディアでは砂嵐の出現の頻度は毎号頻々としている。これは地球環境の悪化のためか、あるいは周期の歴史の回帰性なのか、まだ人を悩ませている。
 実はこの唐漢さんの説明には、非常に違和感を感じるのである。唐漢さんの本は2000年の初めに書かれているので、彼が書かれた頃には勿論「PM2・5」という問題は発生していなかったであろうが、しかし黄砂の問題、酸性雨の問題は既に大きな問題になっていたはずであろう。しかし彼は黄砂を単なる「黄土の砂問題」として、矮小化してしまっている所に違和感を感じるのである。彼は「ここ数年新聞メディアでは」と今日的な問題を取り上げている限り、この「霾」が単なる黄砂の問題ではなくなっていることの問題提起をして欲しかったと感じるのは私一人だろうか。
 私はもし日本が中国の風上に位置していたら、どうなったであろうかと考えるといささか暗澹たる気持ちになってしまう。まるで、「霾晦」(よなぐもり:黄砂による煙霧で昼なお暗いさま)のように!