2013年9月23日月曜日

矛と戈の字に見る武器の変遷

  前回、最近最も印象に残る矛盾と題して筆を執ったが、内容は題とは異なるものとなり、まさに「羊頭狗肉」を地でいくものとなった。要はオリンピックの誘致の会場での安倍首相の演説は、現実とはまったくかけ離れた嘘八百を並べたものであった。一国を背負っているという自負がそうさせたかもしれないが、目的のためには人はだましても何でもいいというマキャバリズムに通じるものといわねばならない。彼の想いを語るなら、率直に想いを語ればいいのであって、現実との矛盾をきたすような想いを現実のものとして語るのは一国の首相として品のあるものではない。
  マスコミは挙って誉めそやしていたが、マスコミの態度は、ジャーナリストとしての役割も忘れ、ひたすら権力にこびる哀れな姿勢が浮き彫りになった。

 さて本題の文字の変遷に戻ることとしよう。今では「矛と戈」は同じように扱われているが、甲骨文字に見るようにこの二つの文字は、明らかに異なる武器であったようだ。

引用 「汉字密码」(P582,唐汉,学林出版社)

「戈」は象形文字である。甲骨文字の「戈」は正に戈のデッサンで戈の竿の上にはとがった横長の「戈頭」があり、上端は短い線で「秘帽」を為し、下端は鐏(戈などのいしづき)となり、地上に挿して立てることができるようになっている。

金文の「戈」の字は甲骨文字と比べさらに美観で真に迫っており、特に戈の頭の飾り房を表すまで至っている。 小篆の戈の字の線条は明晰であるが象形の味は非常に多く失われてしまっている。楷書はこの関係で「戈」と書くようになった。

   「戈」これは鉤で啄ばむ方式の殺人兵器で、また中国固有の民族的特徴を捉えた戦争兵器である。新石器時代の晩期の遺跡中考古学者はかつて石戈が出土したときその形から分析し、これらは有史以前の時期の「斧」であるかもしれないと考えた。斧は古代社会にあって、一種の樹木の切削道具として用いられた。必要あらば、敵をつつき殺すのにも用いられた。絶え間ない殺伐の啓示から、われわれの祖先は「戈」という一種独特の兵器を作り出した。

 商周の全時代を通じて、「戈」は最も重要な格闘兵器となり、多くは青銅が浅く鋳造されたのち再び磨かれ打ち直されたものだろう。戈は長ものと短柲の2種類があり、短秘の戈長さは約1メートルあり、歩兵の格闘に適し、長柲(木変に必)は長さは2-3メートルあり戦車の攻撃に適す。「戈」は商周の時代を経て一直線に戦争の実践主要兵器となった。紀元前3世紀に至ると「矛」の鋼鉄製の兵器の出現によりついに矛は戦争の舞台から退出した。

 戈はもともと兵器の専用名であった。戈は華夏の民族の代表的な最も実践的兵器であった。言葉の意味が拡大して以降、またそれは広く兵器をさすのに用いられるようになった。 「戈」の字はまた部首でもある。漢字の中で、およそ「戈」が組み合わさった字は、みな武器や格闘に関係している。例えば「載、戒、戎、咸、武」などの字である。

2013年9月22日日曜日

最も印象に残る矛盾:オリンピック誘致の際の安部首相の演説 「矛」という漢字の起源と由来


最近フジテレビで「ほこXたて」という番組がホットになっている。これは相対立する機能を持つ商品を実際に再現して見せて、その優劣を競うというものだが、なかなか見ごたえがある。例えば「どんな金属でも穴を開けるというドリルの刃」X「絶対に穴が開かない金属」だとか、「いったん接着すると絶対にはがすことのできない接着剤」X「強力な引っ張り力で接着したものをはがして見せるダンプカー」という類のものである。それぞれの商品を開発する会社がその意地と面子をかけて対立し、商品力を挙げていく様は見ていて「よくやるな!」という感じを視聴者に与えている。
 このほこたて(矛盾)という言葉は中国の故事に由来するものであるが、これを紹介したのはかの有名な韓非子であるらしい。いわく

韓非子の書物の中に矛と盾の故事に関する記述がある。楚の国に一人の兵器を売るものがいた。彼は盾を掲げて「私の盾はいかなる矛も刺すことができない。身を翻して今度は矛を掲げて、私の矛は硬くて鋭い。いかなる盾も貫いてしまうといった。傍らの人が言った。「この矛でこの盾をさしたらどうなる?」 武器商人はしばらく考えたが、どう答えていいかわからなかった。以後ひとびとは相互に抵触するものを指して「矛盾」といった。こうしてこの概念は中国哲学のひとつのカテゴリーとなった。毛沢東の有名な著作に「実践論・矛盾論」というのがある。

 さて、この言葉の矛の部分についてそのルーツに当たってみよう。

引用 「汉字密码」(P585、唐汉,学林出版社)

「矛」は柄の長い兵器である。格闘したり、捕縛したりするときに、刺したり、切ったりするのに用いる。商代の早期、石や骨を多く用いていたが次第に冶金の青銅の硬度が向上するにつれ、銅矛が商代晩期には逐次流行し、「戈」に次ぐ格闘兵器となった。秦漢以後は鉄器が広く使用されるようになってからは矛は逐次「戈」の地位に取って代わり、古代戦争で使用期間では最長の兵器の一つとなった。
 
 金文の「矛」の字はすなわち「矛」の象形である。矛の頭は柳の葉の状態を呈し、筒の部は飾りあるいは縄を括り付けるように半円形の輪の形をしている。小篆の矛の字は金文を受け継ぎ、かえって象形の味わいを失っている。楷書の字形は小篆の形体の直線の整理からきている。矛は鋭い先と両刃を持っている。矛の柄竹を多く寄せ集めたもので構成され、すなわち直木で芯をこしらえ外周りに竹を付着させ、糸縄で緊縛し漆で上塗りをしている。長さは多くは3.2から3.8mの間で、もっとも長いものは4m以上で、戦車に適応させている。