2013年12月15日日曜日

漢字「馬」の起源と由来

 馬は昔から、人間の生活になくてはならないものであった。というわけで馬にまつわる話にはことを欠かない。馬は起源は北米だという説もあり、またウクライナ地方で5000年前だという説もあり、また紀元前2000年ごろバビロニアの遊牧民が最初に飼い始めたという説もある。このバビロニアの馬は足が速く、今のアラブ馬の祖先だという説もある。
引用 「汉字密码」(P50,唐汉,学林出版社)

 古代、中国の華北平原と内蒙古の地区では、野馬が生息していた。この種の野馬の頭の高さは高くなく、大脳袋をつけ、鬣と耳は立っており、短い足と長い尾っぽは下向きに垂れていた。専門家はまさにこの種の野馬は新石器時代にアジアの土着の居住民によって、われわれの祖先たちが養育に成功し6畜のひとつになったという。

 馬は典型的な象形文字である。甲骨の字の馬は一匹の頭足身体尾っぽ全部そろったものを横から見た馬の形をしている。上古の先民は天才画家に称号にも耐えうる。彼らは馬の形体に対し、眼と耳際の毛はの正確な描写はまさに分析が深く、大きく扁平で長い眼、長く突出した頭部の両側、上に直立して立った鬣、遠くみても一目で、馬とその他の動物間の特性と差別するのにできる。

 早期の金文の「馬」の字は甲骨文字の持つ象形の特徴は小篆にいたるころには却って似て非なるものとなっている。図の示すところ小篆の馬の字は下部は5画で今の4本の足と尾を表し、二本の足と尾っぽの変化したものだ。上部の3本の横棒は馬の首の上の鬣毛が変化したものだ。楷書の繁体字の「馬」は9画あり、書くのには十分不便で、このため漢字の簡略化の案は行書中の手書きタイを参照に今日のわれわれがまさに使用している「马」字を創造したものだ。  人類が飼育している家畜の中の体型は最も大きいもので、このために古人は大きいものの修飾語として馬を使うのは外形の大きいところを形容している。同類のかつ大きいものの比較で、馬蜂(スズメバチ)、马勺(杓子)、马明、马蚁(蟻)などである。また山東人の習慣で大きな棗を称して「馬棗」という。広東人はまさに大豆のことを馬豆と称している。


馬に係わる故事”老馬の智”をひとつ紹介しておこう。

2013年12月9日月曜日

来年の干支は午年

 来年は十二支では午年に当たる。我が唐漢先生の説によると、この十二支は人間の出生の過程を表したものであるという。従ってこの場合漢字は「午」であって、「馬」ではない。ちなみに漢字源によれば、以下の通り、「午」と「馬」にはなんの関係もない。
 曰く、この時刻や方角の午を午に当てたのは「農民が覚えやすいように十二支に動物を配した秦漢の農暦の影響で、本来は馬と何の関係もない」(「漢字源」の「午」の解説より引用)とある。来年は十二支では午年に当たる。

 しからば、古来「午」はどのように表わされていたのか、甲骨文字を紐解いてみる。

引用 「汉字密码」(P874,唐汉,学林出版社)

「午」は象形文字である。甲骨文字の「午」の字の二つの字形はすべて嬰児の体から脱落したへその緒からとった形象だ。しかし金文から小篆にいたって、字形の外形は著しく変化した。ただし変化の軌跡は却って明らかで証明しやすい。漢字の早く書く書き方と対称化の過程の中で、楷書では「午」と書くようになった。

 「午」の構造的な形はへその緒である。その物象は嬰児に起こる一定の時間の課程を経て、脱落してきたへその緒である。字形上の区別から、ものを括ったところとせん断した刃口にはなお一定の距離がある。これは古代の医薬消毒の条件が今日と比べ大きな隔たりがあることから来ている。いわゆる嬰児の身上にとどまって出てくるへその緒は今日の長さと比べ大変長かったに違いない。もって病原菌の感染を防いだ。嬰児の身上から脱落したへその緒は大体7日から15日(首都の医科大学の幾人かの教授および多くの子供を成育してきた母親によれば、へその緒が脱落する時間は、それぞれ人によって言うことが違うが、ここでは大体この数値になるようだ。) このとき嬰児が最初の夭折期を過ごすと、慶事に値することになる。

 つまり、古代においては、この夭折期こそが人間が生れ落ちて、確かな生命の営みを辿るまで、人間に課せられた最初の試練だったといえよう。今でこそ、医学の発達した病院や、施設での産褥はさほど危険なものではなくなってきたが、数千年前には、母子ともにきわめて危険な過程ではなかったろうか。しかも人間の場合、馬や牛と違い、生まれてからすぐ立つことはできない。牛や馬は生れ落ちると外敵に対するためすぐに立たなければならない。しかし、人間やサルの霊長類は母体を守るため、嬰児は自らの足で立つことが出来るほどまでに長く、母の胎内にいることは許されない。その代わり長い時間をかけて、育て上げることが必要で、その意味からも、この1,2週間のへその緒が取れるまでの期間は非常に大事であるし、また危険な時期であるといえよう。

 「午」は嬰児の産出、養育の順序に照らしていえば、地支の配列は第7番目にくる。時刻標記に用いて、「午」は真昼、11時から13時の間の時刻を指す。午時、午休み、午飯のごとくである。また特に日中の時刻をさし、
正午、中午、昼の3時などと使う。また「午」は日影の方向から拡張され方位を指す。「子」は即ち真北を指し、「午」は真南を指す。いわゆる陕西関中から漢中にいたる道を子午道という。また地面上のある点を通る南北の経線を子午線という。
 「午」は甲骨文字の中では基本構造の文字である。古代漢字の中で独特のへその緒文化を構成している。しかし古代文字の大家は皆それを糸と混同している。実際上は文字の実際表意に基づけは、区別は明らかである。