2015年4月24日金曜日

漢字「城」へ行く前に


日本の城と中国の城、ヨーロッパの城

先日改修されたばかりの姫路城へ行ってきた。天守閣の外壁や屋根には漆喰を施し、見る角度によっては本当に真っ白に見える。別名白鷺城とも呼ばれる。外国へも行って、色々の城も見てきたが、シンプルにして建物本来の美しさという点では、右に出るものはないと思う。歴史的には、1600年代の初頭、関ヶ原の合戦で手柄を立てた本多家が池田氏の後を引き継ぎ、大坂夏の陣で敗れた千姫を迎えるために、大改修を行っている。現在の天守閣や西の丸は当時のままの姿を留めている。
 さて、中国における城は日本のそれとは趣を異にしており、日本の城が城下町の要を構成したと言え、多くの民は城壁の外に置かれ、いわば支配者が守るべき対象にはなっていない。ところが中国といえば、どこに行っても非常に大きな城壁があり、民百姓はその城壁の中に居住していた。劉備が曹操との戦いに敗れた際も、劉備は民を引き連れ城郭都市の中に逃げ込んでいる。
 古代の漢字の解釈にしても、城は守護の意味を持つ造字で城堡の意味とされ、説文では「城は以て民を護る」としている。ここらあたりの受け止めの違いは、中国においては、外敵といえば民族も違い、まるっきりの敵として対峙しなければならなかったのに対し、日本では昔から敵と言っても、民族が異なることはなく、同じ顔をして、ほとんど同じ言葉を喋っていた言わば内的な関係であり、城壁の意味づけが全く異なっていたのかもしれない。


  むしろ日本では城塞というものがおよそ発達していない。外国から見れば驚くほど無防備で、オープンだったのではないだろうか。先日イタリアでも同じような感想を持った。イタリアは、古くから都市国家が発達し、都市は城壁に守られ、城壁と外部は濠と跳ね橋で遮断されていた。右の写真はイタリアのピサの城壁である。ここには跳ね橋は見当たらなかったが、高い城壁と城門で囲われていたのを思い出す。


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